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コラム
演劇の歴史や舞台芸術の楽しみ方、地域で演劇を続けることの意味など、京浜協同劇団の視点からさまざまなテーマでお届けします。劇場に足を運ぶきっかけや、舞台をより深く味わうための手がかりになれば幸いです。
チェーホフとニール・サイモン 『名医先生』が生まれるまで
第100回記念公演で上演する『名医先生』(原題:The Good Doctor)は、アメリカの劇作家ニール・サイモンが、ロシアの作家アントン・チェーホフの短編小説をもとに書いたオムニバス喜劇です。
チェーホフ(1860–1904)は、モスクワ大学の医学部を卒業し、医師として働きながら執筆を続けた作家です。若い頃は生活費を稼ぐため、「アントーシャ・チェホンテー」などのペンネームで、雑誌に数多くのユーモア短編を寄稿しました。のちに『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』の四大戯曲を生み、近代演劇に大きな影響を与えています。
一方のニール・サイモン(1927–2018)は、『おかしな二人』『サンシャイン・ボーイズ』などのヒット作で知られる、ブロードウェイを代表する喜劇作家です。サイモンは自伝のなかで、チェーホフが若い医学生だった頃の短編を読み、どの話も鋭いオチが利いていて、書かれてから長い年月を経た今でも通じることに驚いた、と振り返っています。その驚きから生まれたのが、この『名医先生』です。
舞台では、スランプに陥った「作家」が客席に語りかけながら、帝政ロシアを生きる人々の小さな騒動を次々と紹介していきます。将軍にくしゃみをかけてしまった小役人、給料を削られても逆らえない家庭教師、海に飛び込んで日銭を稼ぐ芸人。滑稽で、少し哀しく、どこか愛おしい人間たちの姿は、時代や国を越えて、私たちの身のまわりにもきっといるはずです。
『名医先生』の公演情報を見る「この日、この地で、この人々と」に込めた想い
京浜協同劇団の合言葉「この日、この地で、この人々と」は、1959年の創立時に掲げられた言葉です。演劇は、映画やテレビと違って、同じ舞台が二度と繰り返されることはありません。その日、その場所に集まった観客と俳優とが、同じ時間を分かち合うことで初めて成り立つ芸術です。
私たちが舞台を届けたいのは、遠くの誰かではなく、いま同じ川崎に暮らし、同じ時代を生きている人たちです。劇団員の多くは仕事を持ちながら舞台に立っています。だからこそ、働く人々の喜怒哀楽や平和への願いを、自分たちの言葉として描くことができると考えています。
65年以上が経ったいまも、この合言葉は劇団の活動の中心にあります。客席でお会いする一人ひとりとの出会いを大切に、これからも一期一会の舞台をつくり続けていきます。
劇団紹介・コンセプトを読むはじめての小劇場観劇ガイド
「小劇場の芝居を観てみたいけれど、どんな雰囲気なのかわからない」という方のために、観劇の流れをご紹介します。スペース京浜は客席数およそ100席の小さな劇場です。舞台と客席の距離が近く、俳優の息づかいや表情の細かな変化まで感じていただけるのが、小劇場ならではの魅力です。
チケットの予約
公演ごとに専用の予約ページをご用意しています。お電話・FAX・メールでも承りますので、インターネットが苦手な方もお気軽にご連絡ください。
当日の流れ
開場は開演の30分前です。受付でお名前をお伝えいただき、料金をお支払いのうえご入場ください。全席自由席のため、ご来場の順にお好きなお席をお選びいただけます。車いすでお越しの方は、事前にお電話かメールでご相談ください。
観劇を楽しむために
特別な準備や知識は必要ありません。気になったセリフや場面があれば、終演後に劇団員に声をかけてみてください。客席と舞台が近い小劇場では、観客の笑い声や拍手も、その日の舞台をつくる大切な要素です。
アクセスとご来場の案内を見る劇団員の手で建てた稽古場、スペース京浜
京浜協同劇団は、創立から長いあいだ自前の稽古場を持たずに活動してきました。公共施設や借りた場所を転々としながら稽古を重ねる日々のなかで、「自分たちの拠点を持ちたい」という願いが少しずつ形になっていきました。
1994年12月、劇団員と支援者の力を合わせて完成したのが、鉄筋コンクリート3階建ての稽古場「スペース京浜」です。開設当時は「地域劇団として日本一の規模」として、新聞・テレビ・ラジオで紹介されました。1996年には、建設を応援してくださった方々の有志により、支援組織「文化の仲間」も発足しています。
それから30年あまり、スペース京浜は劇団の拠点であると同時に、ほかの劇団や地域の団体が稽古や発表会に使う、市民の表現の場として開かれてきました。第100回記念公演も、この稽古場から生まれます。
スペース京浜について詳しく見る